
近年、野球やサッカーをはじめとした様々なスポーツで、デジタルデータを活用した「スポーツアナリティクス」の導入が進んでいます。膨大なデジタルデータを戦略にどう活かすかという視点は、ビジネスにおいても大いに参考になるでしょう。今、世界的に注目されているスポーツアナリティクスについて、サッカーアナリストとしてチームスポーツに貢献しつつスポーツアナリストの人材育成にも取り組んでいる岡山理科大学経営学部の久永啓准教授にお話を伺いました。前編・後編の2回に分けてご紹介します。
スポーツ界でのデジタル活用は
2000年代から加速
ITの進歩はビジネスシーンに限らず、スポーツの世界も大きく変えました。従来は経験や勘に頼りがちだった試合戦略の策定や選手のパフォーマンス向上に関して、2000年ごろを境にデジタルデータを活用する流れが一気に加速したのです。2011年に公開されたブラッド・ピット主演の映画「マネーボール」は徹底したデータ活用で弱小球団を強くするストーリーでしたが、メジャーリーグをはじめとするプロスポーツを中心に進んできたスポーツのDXが「スポーツアナリティクス」と呼ばれるものです。今では、あらゆる競技チームにおいて「スポーツ(データ)アナリスト」という専門家が所属することが当たり前になりつつあります。
スポーツアナリティクスといえば、2014年のサッカーワールドカップブラジル大会が象徴的でしょう。この大会で優勝したドイツチームはデータ分析会社とコラボレーションし、ボールや選手の動きのデータを戦術的に活用することで優勝したといわれています。具体的には、徹底したデータ分析を行った上で、選手の判断やポジショニングを改善させ、それまでボールを受け取ってからパスを出すまで2秒程度かかっていたところを1秒弱まで短縮。当時の監督が理想とする早いパス回しを実現することで優勝することができました。
試合中は複数のカメラで選手たちの動きを撮影。専用ソフトで選手やボールの位置、エリアごとのプレー数を表示するなどして分析する(画像提供:スポーツのデータの解析・配信などを行う企業であるデータスタジアム株式会社)
デジタル化が進んだことで
取得データが一気に増加
スポーツアナリティクスには膨大な各種データが必要となりますが、実は、スポーツの世界は以前から「データ」が蓄積されていました。分かりやすいのは野球です。野球ではスコアブックに克明な記録を取るなど、もともとデータを重視する競技ではあったのです。野村克也監督が進めていた「ID野球」もそうしたデータ活用から生まれたものであり、最近になって突然出てきたものではありません。
ただし、旧来のアナログデータからデジタルデータとなったことで取れるデータが一気に増えたことはかなり大きな変化だといえます。例えば、画像解析技術を使ってボールに関わる細かなデータを取得できるようになりました。野球であれば、ピッチャーが投げたボールの球種、球速、ボールの位置などから、打球の飛んだ方向、飛距離、速さなどが瞬時に分かります。テレビやインターネットの野球中継でもこれらのデータが表示されることが当たり前になっていますから、野球ファンならばデータ活用の事例を実感しているのではないでしょうか。
球種などは人間の目でも見えるものではありますが、サッカーではこれらに加えて目で見ても分からない選手の動きに関するデータも活用されています。それぞれの選手がどの方向に何メートル、どれくらいの速さで走ったか、さらにボールを持っていない選手の動きもしっかり捉えてチーム全体のフォーメーションまで把握できます。これらは専用のカメラで捉えた選手の動きを数値化することで、見えなかったものを可視化したわけです。
近年は選手個人の身体データを活用することにも注目が集まっています。脈拍や体温、血圧など「バイタル(生体)データ」を取得したり、けがせず最高のパフォーマンスを得られるトレーニングを見極めたり、さらには試合中のメンタル状態の計測などに関する研究も進んでいます。こうした流れは、技術のさらなる進歩に伴ってますます加速していくでしょう。
しかしデータが取れれば、すべてが解決というわけではありません。後編では、スポーツアナリティクスの事例を参考にしつつ、ビジネス界でデータを活用する場合の注意点についてご紹介しましょう。