
前編でご紹介したとおり、スポーツ界でもDXが進み、戦略的かつ効率的なチーム作り、選手育成が行われるようになってきました。後編では、スポーツアナリティクスの事例を参考にしつつ、ビジネス界でデータを活用する場合の注意点などについて、岡山理科大学経営学部の久永啓准教授にお話しいただきました。スポーツが好きな方はもちろん、これまであまり関心がなかった人もスポーツの新しい楽しみ方を知るきっかけとなり、さらには仕事に活かすヒントとなるのではないでしょうか。
高性能で安価なデジタル機器の登場が
スポーツアナリティクスを後押し
スポーツアナリティクスとは、スポーツで起こる事象を構造的に把握し、その要因を論理的に解いてチーム戦略に役立てる手法のことです。そこでは、デジタル機器などを活用して多方面のデータを収集することが大きな価値となります。プロ野球、Jリーグなどのプロスポーツはもちろん、アマチュアスポーツ、高校や大学の部活にもデータ分析を専門に行うスタッフがいて、データ活用を導入する事例が増えてきています。
その背景には、各種デジタル機器、センシングデバイスなどが安価で使えるようになったことも影響しています。かつてはプロレベルしか使えなかったような、投球したボールの回転数や回転軸などを計測して可視化できる機器が10万円くらいで購入できるようになり、高校の部活や草野球チームにも手が届くようになったのです。

スポーツのデータの解析・配信などを行う企業であるデータスタジアムが開発した専用ソフト。自チーム、相手チームの投球、打球の分析が可能で、プロ野球球団だけでなくアマチュアチームでも広く使われている(画像提供:データスタジアム)

「ベースボールアナライザー」の投球分析画面。どこにどんな種類のボールを投げたかを分析できる(画像提供:データスタジアム)
スポーツは短期間で結果が出るため
DXが進みやすい
スポーツアナリティクスはスポーツに特化した取り組みですが、データの扱い方や注意すべきポイントはビジネスの現場に共通することも多々あります。製造業を中心としたビジネスの場においても、データ解析の力を受け入れ、むしろ積極的に活用していくことが必要なのではないでしょうか。
もちろんスポーツアナリティクスには課題もあり、企業のデータアナリストと同じような苦労をスポーツチームのアナリストも抱えています。その最たるものは上層部の理解不足かもしれません。データはどんなことでも解決できる魔法の産物と捉えてしまう上層部は意外と多いようで、気軽に「データ活用を」と言いますが、実際は不ぞろいなデータを整える部分が一番手間も時間もかかる泥臭い作業です。データ活用や導入に対する障壁をなくすための関係者たちへの根回しも大切でしょう。
ただ、スポーツの良い点としては、もともとスコア表などでデータの蓄積がされていたことに加えて、定期的に試合が行われて短い期間で結果が出るというところが挙げられます。そのためどんどんPDCAを回して、良いところは取り入れ悪いところは改善するというように効果測定がしやすく、チームとしても何度もチャレンジしやすいというメリットがあります。
ビジネス界にも応用できる
データ活用のポイント
長年スポーツのデータ活用に携わってきたアナリストとしてアドバイスできることといえば、「データを扱う前に自分の考え方の傾向を知っておく」ということ。データそのものは客観的な指標となるものですが、人間である自分が介在した時点で主観が入ってしまいます。また、データ収集の際に、自分にとって都合のいいデータ、自分の仮説に合致するデータばかりを集めてしまう危険性があるという問題もあります。そうやって主観が入ることを前提に、まずは判断を保留し、少し違う視点を入れてみることがとても有効です。最終的な判断に感情が影響してしまうこともあるかもしれませんが、自分がどういうものに流されやすいのかを知っていることがとても大切で、その点を把握していないと使えるデータになりません。
有効なデータがなかなか集められないという場合には、まずは身近なところから活用事例を作っていくとよいのではないでしょうか。天気予報で降水確率を見るのもデータ活用の一つですし、実は誰でも日々データを扱っているのです。日々の営業記録などささいなことで構いませんから、それらを並べて俯瞰(ふかん)することで傾向が見えてきます。そこに「なぜだろう」と思えるものがあったら、そこを少しずつ掘り下げていくことが戦略につながりますし、次は「こういうデータもほしい」と、物事を多面的に見ていこうという視点も生まれます。DXだからといって肩に力を入れすぎず、記録することをゲーム感覚で楽しむと長続きするかもしれません。
スポーツアナリティクスはスポーツに特化したデータ解析ですが、データ活用という視点では、どのような業界、職種においても積極的に取り入れる価値があります。むしろ、データ活用(デジタル化)をしなければ、その業界において大きく後れを取ってしまう可能性すらあるのではないでしょうか。スポーツアナリティクスの存在が、データ解析の重要性と将来性に気づいていただくきっかけになることを祈っています。