いつか必ずやってくる事業承継のために今、やっておくべきこと

2021/6/ 2 #事業承継

団塊の世代の経営者層がそろそろ次世代にバトンを渡す時期が来ています。ただ後継者にうまく渡せない企業も多々あり、廃業に追い込まれる中小企業はあとを絶たず、近年は「大廃業時代」とも呼ばれます。さらには新型コロナウイルス感染拡大の影響で、経営が難しくなっている企業も増えています。従業員の雇用を守り、企業の永続をめざしていくためには、早めに事業承継について考えておくことが大切です。新しい時代を迎えるにあたりデジタル化への対応も求められる昨今、製造業はどのような備えが必要なのでしょうか。事業承継事情に詳しい株式会社船井総合研究所DX支援本部人材・ものづくり支援部 ディレクターの片山和也氏に伺いました。

事業承継をスムーズに進めるうえでの
7つの視点

企業を経営していくうえで、誰もが考えるのが事業承継といえるでしょう。経済産業省の調べによると、直近10年間で380万社ある中小企業のうち240万社の経営者が70代となり、そのうち120万社以上が事業の継続において頭を抱えているといいます。さらに昨今は、新型コロナウイルスによる経済への打撃やデジタルトランスフォーメーションの加速など、事業を継続していくうえで課題が山積しています。このような時代、事業承継においてまず身に付けておきたいのが、下記の7つの視点です。

  1. 後継者候補の有無、後継者候補の資質
    親族、あるいは親族以外の役員、従業員に経営者としての資質が備わっている人物がいるかどうか、さらにその人物に経営者になるだけの覚悟があるかどうかを見極める。
  2. 事業の継続性(マクロ環境、市場環境、競争環境)
    創業当時とは経営環境が異なっている現在。まだその事業が時流に適応できているのか、発展性があるのかを探る。
  3. 資産の状況(資本政策、財務状況、許認可など)
    会社全体の財務状況はもちろんのこと、所有不動産の資産価値、分散している株式がないかなど、すべての資産を把握する。
  4. 知的資産チェック
    自社のノウハウの中には、職人や技術者任せにしていてきちんと継承する仕組みができていないケースがある。知識の棚卸をするための準備を進める。
  5. 個人の財務状況
    経営者個人の財産の中には、会社の事業に必要な財産や保証が含まれている可能性がある。これらを把握したうえで整理しておく。
  6. 親族の状況
    複数の親族が自社株を保有していていると、将来の経営においてトラブルとなることも。親族を集めて「家族会議」を開き、会社の将来について経営者の思いを伝え理解を得ておくこと。
  7. 事業承継後のライフプランニング
    自己実現のために、事業承継を行った後、自身はどのような人生を過ごすのか、何をやってみたいのかをあらかじめ計画しておく。

今すぐ事業を後に託すという状況ではない場合も、上記のような視点を持つことが、将来のスムーズな事業承継につながることを覚えておきましょう。

続いて、事業承継の最大のカギとなる後継者の選定の仕方について見ていきましょう。

事業承継問題=家庭問題、
子どもの意思を早めに確認することが肝心

企業がオーナー一族で事業を永続させることを考える場合、まず重要なのは「子どもに家業を継ぐ意思があるのかどうか」を早い時期に確認することです。たとえばアメリカ有数の大型百貨店チェーンを経営するノードストロームは、後継者候補の子どもが10歳になった時点で本人に意思確認し、継ぐ意思がある場合は学生の頃からアルバイトとして働かせるといいます。こうすることで、後継者が22歳になったとき、大卒の新入社員とキャリアの差をつけることができるわけです。ビジネスの世界は、経験がものを言います。後継者候補がいる場合は、できるだけ早いタイミングで継ぐのかどうか意思決定させ、後継者になることが決まり次第、家業に携わらせるべきでしょう。日本でも老舗と呼ばれる企業では計画的な事業承継を行っているところが少なくありません。

企業の中には事業承継の問題を先送りにしているところが非常に多い印象を受けますが、「事業承継問題=家庭問題」と考えて計画的に対処していく必要があるといえます。事業承継問題をあいまいにしておくと、親族間で深刻なトラブルが生じるケースもありますから注意が必要です。原則として、株式は親族に分散させず、社長が保有しておくことがスムーズな事業承継につながります。

社員への承継が
スムーズに進むケースはまれ

承継する子どもがいない場合や、子どもがいても地元を離れて働いており家業を継ぐ意思がない場合、あるいは子どもに家業を託せるだけの能力がないと判断せざるを得ない場合などで、ほかに後を継いでくれる親族もいないケースもあります。親族内承継が難しい場合、次に考えられるのは、役員あるいは従業員など社員の中から後継者を探すという選択肢でしょう。

しかし中小企業の事業承継について現場を知る立場から見ると、社員にスムーズに事業を承継できるケースは少ないのが実情です。優秀な社員であっても、経営の責任を負って会社の舵取りをしていく能力があるかどうか、その覚悟が持てるかどうかはまた別の話だからです。また経営の責任を負えるほどの人材がいたとしても、中小企業の株価は数億円に達することもあり、社員が株式を買い取れるだけの資金を用意するのが難しい場合もあります。会社の借り入れを現在の社長が個人で連帯保証している場合、後を継ぐ社員には連帯保証人となることが求められるケースもありますが、このようなケースでは社員の家族が事業を承継することに反対する可能性もあるでしょう。

雇用を守り事業を永続させる
「M&A」という選択肢

親族内承継も社員による承継も難しい場合は、M&Aが選択肢として浮上します。手塩にかけて育ててきた事業を第三者に売却するということに抵抗を感じる経営者は少なくありませんが、M&Aは従業員の雇用を守り事業の継続を可能にする手段であり、経営者にとっては株式を現金化できるメリットもあります。「最後の手段」として頭に入れておくべきでしょう。

M&Aを視野に入れておく場合は、心血を注いできた事業を少しでも高く売却できるよう、企業価値を高める努力が必要になります。企業価値向上の重要なポイントは、優良な取引先の獲得です。事業の買い手の立場からするとM&Aには相応のリスクがあり、たとえば買収後に主力となっている社員が一斉に退職してしまうといった事態が起きることも考えられます。そこで「買収先企業が事業を継続し利益を上げ続けられるかどうか」を判断する際、買い手が特に重視するのが、取引先なのです。一般に、企業と企業の取引関係はそう簡単には切れないもの。特に製造業の場合、M&Aは「その企業の取引先を買う」という面が強く、優良な取引先があれば売却価格の評価につながります。

ここで注意したいのは、製造業では取引を特定企業や特定業種に依存しているケースが少なくないことです。今後は産業構造の転換が進み、消えていく業界もあるでしょう。例えば、電気自動車の普及は、自動車の内燃機関の部品製造を担ってきた企業に深刻な影響を与える可能性がありそうです。また、東日本大震災による原発事故後に原子炉バブルが弾け、新型コロナウイルス感染拡大により航空業界が大打撃を受けたケースが示すように、自然災害やパンデミックなどをきっかけにそれまで好調だった業界が一瞬で苦境に陥ることもありえます。そのようなリスクを回避して企業価値を高めていくためには、特定顧客・特定業界への依存から脱却することが必要なのです。

M&Aの相談は金融機関や
顧問税理士・会計士へ

M&Aを考える場合、取引先の金融機関や顧問税理士・会計士に相談するのがベターです。特に、企業経営の内情に詳しく、地域の多くの企業と深くつながっている金融機関であれば、買い手候補となる企業の選定などの相談にも乗ってもらえるでしょう。「親族内承継は難しく、あとを継いでくれる社員もいない」というケースであっても、経営が順調な優良企業であれば、相談先の銀行の支店長などが「プロ経営者」として来てくれることもめずらしくありません。実際、跡継ぎがおらずに困っていた企業で、「メガバンクの支店長がキャリアチェンジして経営を引き継ぎ、社内改革を推し進めて業績をさらに伸ばした」といったケースや、「取引先である大手企業の部長クラスの人材が社長になってくれた」といったケースもあります。M&Aで事業を売却するにしても、銀行や取引先などからプロ経営者を招いて経営を任せるにしても、金融機関から高く評価されるような企業であるかどうかが事業承継の成否を分けるといってもいいでしょう。

いずれの選択を選ぶにしても、入念な準備が必要となります。「自分はまだまだ現役だから……」と先延ばしにせず、時代に合った事業のかたちにするために、承継について日ごろから考えておくことが大切なのです。

(取材・文:千葉はるか/監修:株式会社船井総合研究所DX支援本部人材・ものづくり支援部 ディレクター片山和也氏)

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