
ここ数年で、「フードテック(Food Tech)」というキーワードを目にする機会がかなり増えました。フードテックとは、文字通り、「食」分野に活用される最先端テクノロジーのことです。
具体的には、IoTやAI、ロボティクス、遺伝子工学など、最先端のテクノロジーを駆使して「食」関連の新しい商品やサービスを生み出す取り組みや、使われた技術そのものを指す総称です。最近では農作物生産についての「アグリテック」や、人の健康維持・栄養補給に関する「ヘルステック」まで含めて語られるようになってきています。
先行する欧米では、スタートアップ企業を中心に将来の市場獲得を目指して様々なフードテックの事業化が進められ、今までになかった新しい商品・サービスが相次いで登場しています。これらの中には、既に実用期に入っているものもあります。
見た目も食感もほぼ肉!代替肉が続々登場
米国のフードテックの中で最も注目されているのは、植物を原料とした代替肉(Alternative Meat)。植物由来の代替肉を使った商品を開発・商品化している「Beyond Meat」と「Impossible Foods」 の2社は様々なメディアでも紹介され、日本でもよく知られています。えんどう豆や大豆といった植物を原材料に、味や風味、食感や見た目などすべてが“まるで肉”といったハンバーグのパテやソーセージなどを既に商品化しています。
Beyond Meatは、2019年5月にNASDAQ市場で株式を公開し、2020年4月17日時点の時価総額では約47億5700万ドルとなっています。Impossible Foodsも巨額の資金を調達していて、株式公開されればライバルのBeyond Meatに勝るとも劣らない規模になるだろうと予想されています。ここからも2社に寄せられている期待の大きさが分かります。
こうした動きに刺激を受け、日本でも大豆を使った植物肉食品の商品化が活発になっています。この分野では味噌メーカーのマルコメが先行していましたが、最近では大塚食品、伊藤ハム、日本ハムなど大手食品メーカーが参入しています。大豆利用に長い歴史と経験を持つ日本が、代替肉という新しいフードテック市場にどれだけの爪痕を残せるか、これからの進化に期待したいところです。
細胞培養の技術を使って筋細胞から作る培養肉の分野も活発化しています。実用化は数年先とみられていますが、かつては100グラムで2000万円、3000万円していた培養肉の単価も2万円から数千円も可能というレベルになってきています。この培養肉についても今後の動きから目が離せません。
「一人ひとりに最適な食の提供」が現実に
ITやヘルステックの技術と連動して、一人ひとりに最適な食事やサービスを提供する食のパーソナライゼーションも大きな注目を集めています。食だけでなく栄養摂取という観点も含まれることから「パーソナライズド・ニュートリション(体質・体調に合わせた食事提案サービス)」とも呼ばれるジャンルです。
2020年1月に米ラスベガスで開催された電子機器の見本市「CES」では、このパーソナライズド・ニュートリションのサービスや仕組みを提案するスタートアップ企業の出展が目立ちました。既に、アップルウォッチをはじめとするウェアラブル端末を使って一人ひとりの体の状態を手軽に把握できる環境が充実しつつあります。心拍数や睡眠の深度などはもちろん、最近では、医療的な知見とAIを併用して体に傷を付けずに血糖値を測定できる技術も発表されています。これらの技術により、近い将来、一人ひとりの体に合った食事を、食材の購入から調理に至るまでワンストップで提供するような究極のテーラーメード・サービスが実現するかもしれません。
「好みの食を手に入れる」といった、もう少し身近なパーソナライゼーションの分野では、既に実用化されているものもあります。
その一例が米国の「Innit(イニット)」という調理レシピ提案のスタートアップ企業が提唱する仕組みです。同社は「食のOS」を標榜し、科学的に正しい調理レシピというコンテンツを核にして生活者と家電メーカー、食品流通をつなぐネットワークを構築しています。レシピサイトが核となって調理家電と生活者を結び、個人の好みに合わせた食材や調理をワンストップで提供するものです。
Innitが構築する仕組みには、世界的に名が知られている複数の大手家電メーカーが販売しているネット家電製品がつながるようになっています。また、Innitは米国の大手スーパーマーケットとも連携していて、必要な食材を購入できる仕組みになっています。
現時点で、日本のネット調理家電も要素技術としては十分すぎるほどの性能を持っています。もし中立的な立場で各社の調理家電をネットワークでつなげられるような標準化の仕組みとプラットフォームができれば、同様のサービスが生まれる可能性もあるのです。
新型コロナで未来型ベンディングマシンに注目
新型コロナウイルスなどによって衛生面が大きな課題になるとともに、今後、外食の分野で人の手を経ない調理やサービスにも注目が集まっています。「ロボット活用とベンディングマシン」の分野です。
例えば米国の「Creator(クリエイター)」というスタートアップ企業では、ロボットによる調理をお客に見せながらハンバーガーを製造・販売するマシンを手がけています。客は6ドル程度でハンバーガーを買うことができ、タブレットで自分の好みのものを選んで、ロボットが行う調理工程を楽しみながら購入するのです。調理工程に人の手を介さない仕組みになっています。
米国の「Chowbotics(チョボティックス)」という企業が提供するサラダの自販機も話題になっています。野菜を収納したカートリッジが十数個入っていて、ドレッシングとの組み合わせで1000種類以上のサラダが提供できる仕組みです。

図:米国Chowboticsのベンディングマシン「Sally」と提供されるサラダの例(写真提供:Chowbotics)
日本でもコーヒーの自販機で、豆をひき、いれる工程を映像で見せながら提供するものがありますが、サラダのような生鮮食品を取り扱うものにも広がる可能性を示唆するものです。クリエイターのハンバーガー製造・販売マシンもある意味ロボットベンディングマシンと言っていいでしょう。
これまで食品分野でロボットやベンディングマシンを活用する目的は、生産現場における人手不足の解消や生産性の向上、経費削減といったものでしたが、さらに一歩進んで、一人ひとりの好みに細かく合わせるような「食のパーソナライゼーション」に対応させたり、調理やサービスにエンターテインメント性を持たせて売り上げ向上を目指したりと、目的の多様化が進んでいます。これに加えて今後は、ウイルス・細菌対策といった衛生面でも注目される可能性があります。
新型コロナウイルスのまん延は長期化する可能性が指摘されています。コロナ前とコロナ後では世界の枠組みは大きく変わらざるを得ないでしょう。既に「アフター・コロナ」「ウィズ・コロナ」のことが取り沙汰され始めています。既存の産業構造も大きく変わることでしょう。食材・食品関連の産業も例外ではありません。フードテックが今後どのように革新し、私たちの生活をどう変えていくのか、注視する必要がありそうです。
(取材・文:谷生 聡/監修:株式会社シグマクシス ヒューリスティックシェルパ マルチサイドプラットフォーム 担当ディレクター 田中 宏隆氏)
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