これからの日本のものづくりに必要なこととは?

2020/1/15 #IoT,#ものづくり,#AI

喪失リスクに直面する日本のものづくり力

長年にわたって世界的に評価されてきた日本のものづくり力が失われる可能性が出てきている。その背景を三つ挙げてみる。一つ目はベテラン従業員の退職である。団塊の世代が退職したことで、彼らが持っていた製造現場での運転・整備保全のノウハウが一気に失われ、不適切な運転や、不十分な点検などによりトラブルが増えるケースは枚挙にいとまがない。二つ目は、老朽化した設備である。導入から数十年が経過した設備は珍しくないのが現実で、故障に起因する予期せぬトラブルのリスクを抱えているのだ。三つ目は、製造プロセスの複雑化である。市場や顧客のニーズに対応するために、ラインや設備を長年、継ぎはぎしてきた現場が多い。そのため、ラインや設備の全容を誰も理解できない状態に陥っており、何か故障などのトラブルが発生しても、原因が解明できないなど、製造プロセスの管理が難しくなっている。

このようなリスクを、メーカー各社は十分に認識している。しかし、対応にかかる工数や投資の捻出に逡巡し、手を付けることが出来ずにいる。「分かっているけど手が付けられない」という現状を何とかして打開しなければ、世界に誇るものづくり力を維持していくことはできない。「ベテラン従業員のノウハウの継承」、「設備の老朽化」、「複雑化した製造プロセスの安定的な管理・運用」への取り組みが、これからの日本のものづくり力を大きく左右するのだ。

デジタル技術活用の2つの方向性

この問題の解決策として期待されるのが、IoTやAI等のデジタル技術の活用である。製造現場におけるデジタル技術の活用には大きく二つの方向性がある。一つ目は、「ベテランノウハウの形式知化」である。例えば、金型メーカーであるIBUKI(旧安田製作所)は、人から人へではなく、人からAIへの技術伝承に舵をきった。IBUKIでは、ベテラン技術者が様々な判断や思考に用いている情報、思い巡らせている要因、感覚的に捉えている事項などを徹底的にヒアリングし、それをネットワーク図として整理した。その思考のネットワーク図をAIに連携し、汎用的な知識として使えるツールにしたのである。このツールは見積り算出のための情報探索の場面等で活用されている。見積もり作成では、過去の金型形状を元にした類似実績を探索する必要があるが、形状など言葉で表すことができないこの検索は、若手には非常にハードルが高いものだった。しかし、このツールの導入により、そのハードルが大幅に下がり、半日がかりだった実績情報の収集を30分まで短縮させる例も出ているという*1

二つ目は、「製造プロセス・設備状況のモデル化」である。設備の老朽化、複雑化した製造プロセスの管理という2つのリスクに対応する取り組みである。工場・プラント等における製造プロセス・設備の操業の最適条件や保全の最適タイミングを見極める力は社内に蓄積されていることが多い。この見極める力を、客観的に収集できるデータの解析から定量的に導出できるようにモデル化することができれば、安定的に設備や製造プロセスを管理することが可能となる。

例えば、旭化成はプラントの配管トラブルを予測するモデルを作成した。プラントに多く存在している配管は腐食などによる穴や破裂が起こると重大なトラブルに繋がる。しかし、配管は数が多く、全数検査が難しいことや、置かれた条件によって劣化の速度が異なることもあり、トラブルを完全に防ぐことが難しい。設立から50年以上経った旭化成水島製作所もこのような課題に直面していたが、モデルを作成したことにより、リスクが高いと判断された配管を優先的に検査・修繕をしていくことが出来るようになった。

日本の製造業の強みの一つは、製造のプロセス・設備・業務を従業員が高いレベルで理解し、安定的に高効率で製造していることにある。今後、製造業がデジタル化を進めるには、ここであげた二つの事例のようにその強みを最大限に活かし、生産性を向上させていくことが重要なのである。

自社に適した形でまずは足元からデジタル化に取り組もう

デジタル技術の活用というと、一般的には、蓄積されているデータを解析しながら製造工程や業務を最適化していく取り組みをイメージする。このため、解析できるデータがなければデジタル技術の活用は始められない、という印象を持たれているケースが多い。業務のシステム化や標準化が進んでいないため、データを蓄積することが出来ない状態の企業が少なくないのである。しかし、データを蓄積できる状態を作る取り組み自体が、デジタル技術の活用への大きな第一歩である。デジタル技術の活用は一度限りの取り組みではない、長期的な目線で継続的に業務の最適化を行っていくことが何より重要なのである。

また、デジタル技術の活用を考える際に、資金面で課題を感じる企業もいるだろう。しかし、デジタル技術を活用したものづくり改革を進めるにあたり、必ずしも大きな投資が求められるわけではない。自動車部品メーカーである旭鉄工は、デジタル技術を活用した生産ラインの効率化を行った企業である。旧モデルの機械への取り付けが出来なかったこと、外注を依頼した場合のコストが高額だったことから、旭鉄工はモニタリングのためのツールやシステムを自社開発し、低コストでの導入を可能とした。取得するデータを絞り込み、初期投資を抑えることで、非常にシンプルなツールを作ったのだ。人や機械の動作をこのツールで把握し、問題がある動作の課題を一つ一つ改善していくことで生産性の向上と労務費の削減を達成したのだ。ツール導入後は、約140ある製造ラインの80ラインで改善が進み時間当たり出来高が平均34%向上し、労務費は年間平均で2億円以上節減することに成功しているという*2

これからはいかにデジタル技術を活用できるかが企業の競争力を大きく左右していく世界になっていくだろう。デジタルを活用した取り組みは継続的に実施していく長期的な取り組みである。日本の製造業が強みを今後も保持するためには、小さな一歩からでもデジタルによるものづくり改革を進めていくことが求められている。

(野村総合研究所 グローバル製造業コンサルティング部 上級コンサルタント 藤田 亮恭、野村総合研究所 アナリティクス事業部 上級コンサルタント 久世 理恵子)

*1 「オープンイノベーションで、破綻寸前からの大復活劇――職人の暗黙知をAIで見える化した金型業界の風雲児「IBUKI」」 (デジタルメディア:GEMBA)
https://gemba-pi.jp/post-186048

*2 「【労務費を年間2億円節減】 自社開発IoTシステムの外販で中小製造企業のデジタル化をリードする「旭鉄工」」 (デジタルメディア:GEMBA)
https://gemba-pi.jp/post-188860

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